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Bachiatari !
    + GG(ガレージゲーム)シリーズ T

T.Grege Game  No.2
 襟に三年の学年バッチをつけた男子が出口を塞ぐように立っていた。和巳より五、六センチ低目で、すらっとスタイルが良い。肩まで伸ばしたストレートの茶髪が、肌のキレイななかなか造りのいい顔を囲んでいる。だが、どこか崩れた感じだった。
「だったらどうだっていうんだ」
 先輩だろうが平気で真っ向から向かっていく性格だ。敵ばかりが増えていく。
 クラスの連中が避けていく。三年が顎に手をやって、和巳をジロジロ見回し、ニヤッと大人びた笑いを見せた。
「成る程ね、能勢に突っかかったってだけはある」
 急に三年の肩が動いた。少し反り返りながら左に避ける。三年の指先が空振って、大きくつんのめった。驚いて振り返る。和巳はとっくに廊下を歩いていた。
「待てよ!」
 ゲタ箱の前で足を止められる。
「俺を抜くなんて、やるじゃねぇか。な、その腕、貸してくれねぇか?」
 和巳が喧嘩の助っ人かと目を丸くした。三年がまたニヤッと笑った。
「俺、沢口ってんだけど、スト・バスやってんだ」
「スト・バス(ストリート・バスケット)?」
…そうか、そういう手もあったな…
 今まで部活でやるしか考えたことがなかったのだ。沢口は初対面にもかかわらず、慣れ慣れしく肩を囲んできた。払いのける。沢口は一向に構わず笑っている。
「ああ、勝てばちょっとしたバイト料が出るんだ。メンバーが一人抜けちゃってよ、代わりを探してるんだ。とりあえず、今日一回だけでいいんだからさ」
 スト・バスしてバイトになるなんて、賭けバスケか何かなのだろうか、どうも胡散臭い。
「やめとく」
 だが、校門を出ても、しつこく誘ってくる。
「まあ、そうあっさり言うなよ。おまえだって、好きでやめたんじゃないんだろ?バスケしたいだろ?」
 確かにバスケはしたい。このクサクサした気分を晴らすには、それしかないとわかっている。それに、今日は父親の方に行かなければならない。歓迎されるわけはない。少しでも時間潰しになれば…。
 駅前のハンバーガーショップに連れて行かれる。二階席に上がる。沢口が窓際の席へ向かっていく。
「よォ、待ったか?」
 同じ高校の制服の少年が顔を上げた。テーブルに参考書が広がっている。
「いや、今来たとこだよ」
 優しげでキレイな面差しが柔らかに笑っていた。女顔というやつだ。
「そいつ?式場って…」
沢口が向かい側に座った。
「そ、能勢と一戦やらかして辞めたんだ。けっこう度胸あるぜ。もちろん腕の方もな」
 少年がいっそう目元を緩めた。和巳のために席を詰めてくれた。
「俺、奥住。沢口と一緒でおまえより二コ上だけど、タメ口でいいからな」
 肩が触れる。ふわっと奥住の髪が動いて、目の下で揺れた。いつの間にか、頬が熱くなっている。
「なんだよ、こいつ、赤くなってるぜ」
 沢口がからかう。自分でもどうして赤くなったのかわからない。あわてて、目の前のドリンクを取った。ストローからのウーロン茶が喉に冷たい。少し落ち着いた。奥住が参考書を鞄に入れた。
「予備校の…ですか?」
 けっこう名の知れた進学予備校のテキストだった。奥住がうなづく。沢口がハンバーガーにパク付き、奥住を指差した。
「こいつさ、ウチから国立の医学部、受験するんだぜ。凄ェだろ?」
 葛木高校はそれほど偏差値の高い高校ではなない。スポーツも女子バスケット部と陸上部を除いては、程ほどのレベルである。全てが中の上程度なのだ。そこから国立の、しかも医学部を受験することは難しいだろう。
「へぇ…」
 感心して奥住を見ると、困ったようにしていた。
「家が病院でね、跡継がなくちゃならないんだ。浪人覚悟だよ」「…あの…奥住サンもスト・バスやんですか?」
 予備校に通っているなら、そんな暇はないだろう。奥住の目が細まる。沢口が口出しした。
「ああ、奥住、去年の春までバスケ部でやってたんだよ、勉強忙しいから部活はやめたけど、やっぱ疼くじゃん。だから時々な」
 あのバスケット部でやってた…。
「俺も一年の秋頃までいたけどな、こっちの方が面白ェし、金にもなっからよ、やめちゃったよ」
 聞きもしないのにしゃべっている沢口のことはどうでもいい。今まで他人のプレイなどあまり関心なかったが、奥住がどんなプレイをするのか、気になってきた。
 電車とバスを乗り継いで連れて行かれたのは、臨海地帯『ベイスクエア』の倉庫街(ガレージタウン)の一角だった。いくつも並んでいるかまぼこ型の倉庫のうちのNO.4に寄っていく。その扉の前には、レスラーか何かのように筋肉を鍛えあげた大男が、ガードマンよろしく立っていた。丸太のように太い腕を組んでいる。
「チュース!」
 沢口が挨拶し、奥住が丁寧にお辞儀した。大男は三人をジロッと見た。
「そいつ、見たことねぇツラだな」
 顎の先が和巳を示していた。沢口が片手で拝むようにした。
「新しいメンバーなんだ。な、通してくれよ」
 大男が分厚い唇をゆがめて、鋼鉄の扉を開けてくれた。
 ゆっくりと開く重い音に、ドリブルの硬い音が重なってくる。かすかにラッブが流れている。薄暗い倉庫の中に、何本もの照明灯が立っている。その照明の下で、何人もの同じ年頃の少年たちが、正面と両脇に設置されたゴールでシュートを打ったり、お互いパスを出し合ったりしていた。練習中なのだ。
 隅の事務所らしきところに入った。大きなガラス窓に囲まれ、中から倉庫内が見えるようになっている。事務机に口髭を生やした四十がらみの男が座っている。髪は長めできつく後ろで束ねていた。
「こいつさ、新メンバーで登録したいんだけど」
 沢口が示した和巳を舐めるように見た。鼻先で笑い飛ばし、机の引き出しから一枚の紙を出した。沢口がポケットからメモを出し、書き込んでいく。頭の上から覗き込む。和巳の生年月日から、住所、TELなどプライベートなデータが書いてあった。いつの間に調べたのか、呆気に取られた。
 ほっといて、さあっと事務所内を眺める。NBAのポスターやチームロゴがところ狭しと貼られている。英語の記事やポートレートも貼ってあった。うれしくなる。勝敗表も貼ってあった。寄って見る。それはNBAのものではなく、聞いたことのないチーム名が並んでいた。
「ここでのだよ、それ」
 奥住が教えてくれた。リーグ戦形式で、第一戦が終了していた。その下に得点、アシスト、リバウンドなどの個人成績表もあった。そして名前のしたに小さな星のシールが貼ってある。奥住は四つ。沢口は二つでそのうち一つに黒い斜線が引かれていた。
 何だろ…これ…。
 聞こうとしたが、沢口の声で振り返った。
「今日、こいつもプレイしたいんだ、いいだろ?」
 口髭が細い目を釣って、首を振った。
「まさか、今日来て、すぐなんてできるわきゃ、ねぇだろうが」
 沢口が媚びるような猫撫で声で口髭に顔を近づけた。
「いいじゃん、それくらい、アンタの顔で何とかしてくれよ」
 口髭が手を振った。
「あー、駄目、駄目。だいたい、誰が『一ツ星』に落っこちかけてるおまえの頼みなんか聞くかよ」
 沢口の手が素早く伸びる。あっという間に机の向こうの口髭の胸倉を掴んでいた。
「てめぇ!したでに出てりゃ、いい気になりやがって!」
 和巳が沢口の拳を掴んでいた。
「式場!?」
 肩をすくめてから、手を離した。
「何か、面倒みたいだから、俺、帰る」
 やりたくはあったが、ゴタゴタはたくさんだった。すっと肩を回す。が、目の前が大きな影に遮られた。
「あっ!オーナー!いらしたんですか?!」
 口髭があわてて立ち上がる。沢口も背筋を伸ばしていた。
 オーナー…その男は、優に一九〇を越えている長身だった。アイボリーのトレンチコートをマントのように肩からかけ、ライトグリーンの三つ揃えを嫌味なほど完璧に着こなしている。
 三十代前半くらいに見える。痩せているが、病的ではなく、細面で端正な顔に縁なしの眼鏡をかけている。その向こうに『鷹のように』鋭い眼が光っていた。和巳は、その眼光に射抜かれて、動けなくなっていた。
「ニューフェースか?」
 薄い唇から冷たく尋ねてきた。口髭がこけながら出てきて、用紙を渡した。
「ええ、有賀の代わりに入れたいらしくって、一応書かせたんですが、沢口が今日すぐ出せって無茶言ってんですよ」
 用紙を見ていたオーナーが、沢口の方に振った。
「わかっているのか、ここのこと」
 沢口が顔色を変えて緊張していた。
「いえ!でも、今日はどうしても勝たないと、借りているベンチ(控え選手)じゃ、ダメだから、一回だけでいいんです!お願いします!」
 深々と頭を下げた。
「確かに今日負けたら、『一ツ星』だ」
 沢口が頭を下げたまま、肩を震わせた。オーナーが和巳を見た。
「いくつだ?」
 和巳がその傲慢な口調に口を尖らせた。
「十五」
 冷たく固まっていたオーナーの口元がふっと緩んだ。
「年齢じゃない、身長だ。記入漏れだったぞ」
 用紙を沢口の胸に叩き付けた。和巳は勘違いに頬を染めた。
「一八二」
 オーナーが口髭のほうにに目を向けた。
「出してやれ。前例がないわけじゃない。客人(ゲスト)には私が断る」
 口髭がオールバックの頭に手を当てて、うなずいた。沢口が肩の力を抜いた。
 口髭からユニフォーム―Tシャツとハーフパンツ、チーム名のロゴと背番号『21』が裏表に入ったビブスーをもらった。沢口、奥住と事務所横のロッカールームに入った。ふたりほど着替えていた。左耳にピアスを三つつけた方が薄笑いを喉に引っ掛けた。
「そいつ、有賀サンの代わりか、ずいぶんでかいな」
 ジロジロ見回して、やな感じだ。沢口が自分のロッカーの隣を指した。
「そこ、使えよ。前のメンバーのだったんだ」
 ネームプレートに有賀と刻んであった。開けて着替える。三つピアスが、一緒にいた短いポニーテールの少年を突付いた。
「沢口、今日負けたら『一ツ星』だぜ、ざまぁねぇな」
 Tシャツを被っていた沢口が茶髪を揺らした。
「うるせぇ!今日は、こいつがいるんだからな、てめぇらの方こそ、覚悟しとけよ!」
 その剣幕にふたりがそそくさと出て行った。奥住が沢口の震える肩を掴んだ。
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。頑張ってるとこ見せれば」
 着替え終わった和巳がベンチにかけて、バッシュを履いた。
「いったいなんだよ、『一ツ星』とかって、ただスト・バスやるだけじゃないのか?」
 さっきの個人表の星のシールが関係あるのか。やはり賭けバスケなのだろうか…あの口髭もオーナーも、どこかうさん臭い。
 それにしても沢口、奥住をはじめ今いたふたりも、外で練習していた連中も、雑誌のモデルかアイドルタレントのような顔とスタイルだった。顔のイイヤツを集めているのか?じゃ、バスケのほうはたいしたことないのかも…。
 沢口が背中を向けて座り、バッシュを履いた。
「何でもいいじゃねぇか。とりあえず、今日のところは、助っ人頼むよ」
 奥住が頭を下げる。内心は納得していなかったが、とりあえず、ロッカールームを出た。ラップのボリュームが上がっていた。ウワンと被さってくる。
 マットの上で充分柔軟して、体を解す。奥住が開脚した和巳の背中を押してくれた。
「式場は、体、とても柔らかいね。よく鍛えてある。感心、感心」
 誉められてうれしい。掌が押し付けられている部分が熱い。隣で沢口が文句をつけた。
「そんなに柔らかいんなら、ひとりでできっだろ。こっち、やってくれよ」
 奥住が笑って沢口の方に移った。がっかりしてひとりで続ける。沢口を恨んだ。
 柔軟の後、ボールを回したり、ゴールに投げ込んだりして軽くウォーミングアップする。奥住はどのレンジからも軽々とシュートを決めている。パスも取りやすそうだ。そうとううまいと思った。沢口の方は、並くらいかと少し意地悪く評価した。
 そのうち、頭の上の方が、なにやら騒々しくなってきたのに気づいた。見上げる。壁際の階段を上がったところに観戦スタンドらしき席があって、何十人もの男たちが次々に着席していた。年齢も三、四十代からかなりの年配の人まで様々で、服装もスーツやゴルフシャツやらのカジュアルウェアなどまでまちまちだった。周囲にはガタイのいいスーツの男たちが何人も立っている。どうみても『普通でない方々』という感じだ。
 急にのっぴきならないところに足を踏み入れかけているような気がしてきた。帰った方が…いいんじゃ…
 肩を回した。腕をつかまれた。
「どこいくんだ、もう始まるぜ」
 
   
 
 


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